- セックスレスに悩んで一線を超えたが、想像していた解放感は得られず、違和感と孤独が増えただけだった。
- 満たされたかったのは身体ではなく、本当に欲しかったのは「夫に」必要とされることだったと気づいた。
- この選択が正解とも間違いとも言えず、後悔と納得が同時に残っている。その複雑な感情を赤裸々に綴った体験談。
Anemoneでは今まで、セックスレスが起きる背景や、拒否する側の心理について整理してきました。
それでもなお、「分かっていても、どうにもならない瞬間」が訪れることがあります。
セックスレスに悩んで、私は誰にも相談できないまま一線を超えてしまった。
あのときのあの選択は正しかったのか、間違っていたのか、今でも答えは出せないままです。
ただ、行為の前と後で、確実に何かが変わりました。
この記事では、私が実際に経験したリアルな感情の変化と、今だから言える本音を正直に綴ります。
同じ悩みを抱えているあなたに、判断材料のひとつとして届けば幸いです。

編集部
セックスレスの苦しみは、行為がないことそのものではなく「必要とされていない」という孤独感なんですよね。
一線を超えた後に何が残ったのか?この正直な告白が、同じ悩みを抱える方への判断材料になると思います。
セックスレスに悩んでいた私が本当に苦しかったこと

セックスレスという言葉だけを聞くと、単純に「行為がない」ことだと思われがちです。
しかし実際に当事者になってみると、苦しみの本質はまったく違うところにありました。
私が本当に辛かったのは、誰にも言えない孤独と、自分の存在価値が揺らいでいく感覚。
そして、この苦しさから逃れようと選んだ道が、想像とは違う結末を迎えたことでした。
求めていたのは「行為」ではなかった
セックスレスと聞くと、多くの人は「性的な欲求が満たされない」という問題だと思うかもしれません。
でも私が本当に苦しかったのは、そこではありませんでした。
求めていたのは、女性として見てほしいという気持ち。
夫から「ママ」と呼ばれるたびに、私という存在が母親という役割だけに縮小されていく感覚がありました。
触れられなくなったことよりも、触れたいと思われていない気がすることの方が、ずっと辛かった。
「今夜どうかな」と期待して、やんわり断られる。
その繰り返しで削られていったのは、自分の女性としての価値そのものでした。
行為が欲しかったわけじゃない。
「必要とされている実感が欲しかった」そう思っていたはずなのに…
本当に欲しかったものは別のところにあったことに、後になって気づくことになります。
誰にも言えず自分の気持ちが分からなくなっていた
「セックスレスで悩んでいる」と、誰かに打ち明けることはできませんでした。
友人に相談すれば「旦那さんと話し合えば?」と言われるだけだし、親に言えるはずもない。
何より、自分でも何に悩んでいるのかが分からなくなっていたんです。
夫は優しいし、子どもは可愛い。それなのに、夜ベッドに入るたびに胸が締め付けられる。
この苦しさに名前をつけることすらできませんでした。
ネットで検索しても出てくるのは一般論ばかり。私の抱えているモヤモヤには何も答えてくれない。
誰にも言えず、誰にも理解されず、ただ静かに沈んでいく感覚だけが残りました。
セックスレスになる理由は夫婦によってさまざまです。夫側から拒否されるケースについては、以下の記事で解説しています。
「一線を超える」という選択にいたった理由

「一線を超える」その決断は、勇気ある選択などではありませんでした。
追い詰められて、どこかに逃げ場を求めていただけ。
それでも当時の私は、自分に都合のいい理由を並べて、この選択を正当化しようとしていました。
前向きな決断というより逃げ場を探していた
「このままじゃ壊れてしまう」そう思ったのは本当です。
でも、夫と向き合って話し合う勇気もなく、かといって離婚を選ぶ覚悟もない。
ただ、この息苦しさから一時的にでも逃れたかっただけでした。
マッチングアプリを開いたとき、画面の中には「解決策」があるように見えました。
でも本当は、問題から目を逸らすための出口を探していただけ。
前を向いて踏み出したわけじゃなく、後ろを向いて逃げ出そうとしていたんです。
それでも当時の私は「これしか方法がない」と思い込んでいました。
選択肢は他にもあったはずなのに、見ようとしなかった。
今振り返れば、あれは決断ではなく、逃避だったと思います。
踏み出すために自分に言い聞かせていた
アプリに登録する前、私は自分に何度も言い聞かせました。
「誰も傷つけないから」「夫にバレなければ問題ない」「セックスレスを解消すれば、家庭が円満になる」今思えば、全部自己欺瞞でした。
本当は罪悪感があったんです。
でもその気持ちを認めてしまったら、踏み出せなくなる。
だから「これは家族のため」「夫婦関係を守るため」と、自分に都合のいいストーリーを作り上げていました。
1番ひどかったのは「夫だって私を拒否しているんだから」という言い訳です。
相手の非を理由にして、自分の選択を正当化しようとしていた。
でも心のどこかでは「ただ自分を納得させるため」だと分かっていました。
実際に一線を超えたとき最初に感じた違和感

一線を超えた瞬間にすべてが軽くなると思っていましたが、実際には、想像していたものとはまったく違う感覚が押し寄せてきました。
それは解放感ではなく、違和感。静かに、でも確実に、何かがズレていく感覚でした。
想像していた解放感はなかった
「これで楽になれる」と思っていたのに、終わった後に感じたのは虚しさでした。
満たされるどころか、心の中に空白ができたような感覚。
求めていたものは、ここにはなかったんです。
違和感は、すぐに言葉にできるようなものではありませんでした。
ただ「何か違う」という感覚だけが残る。
スマホを見れば夫からの何気ないメッセージが届いていて、その瞬間胸が締め付けられました。
解放されたはずなのに、なぜか息苦しい。
自由になったはずなのに、見えない鎖が増えたような気がする。
その違和感の正体が何なのか、その時はまだ分かりませんでした。
その瞬間から少しずつ気持ちがずれ始めた
違和感は、日常に戻ってからも消えませんでした。
夫と普通に話しているとき、子どもと笑っているとき、ふとした瞬間に「ズレ」を感じるようになったんです。
表面上はいつもと同じ生活。
でも、自分の中に2つの世界ができてしまった感覚がありました。
家庭という世界と、誰も知らない秘密の世界、その境界線が曖昧になっていくたびに、自分が自分でなくなっていくような気がしました。
1番辛かったのは、夫の優しさです。
何も知らずに「お疲れさま」と言ってくれる夫に、以前のように素直に笑い返せなくなっていました。
違和感は少しずつ、私と家族の間に薄い膜を張っていったのでした。
時間が経ってから静かに残った感情

一線を超えた直後は、違和感や罪悪感が大きく占めていました。
でも時間が経つにつれて、感情はもっと複雑なものに変わっていったんです。
軽くなった部分もあれば、想像以上に重くなった部分もある。
そして何より、誰にも話せない秘密が増えたことで、孤独の形が変わってしまいました。
軽くなった部分・重くなった部分
正直に言えば、軽くなった部分は確かにありました。
「自分には価値がない」という思い込みは、少しだけ薄れたんです。
求められる経験をしたことで「女性として終わったわけじゃない」という安心感は得られました。
でも同時に、想像していなかった重さも生まれました。
一線を超える前は「セックスレス」という1つの悩みだったのに、今は「罪悪感」「後ろめたさ」「嘘をつき続ける苦しさ」という、別の重りが増えてしまった。
軽くなるどころか、抱えているものの総量は明らかに増えていたんです。
それに気づいたとき「これは解決じゃなかったんだ」とはっきり分かりました。
ただ、問題をすり替えただけ。
セックスレスという苦しみから一時的に目を逸らすために、別の苦しみを自分に課してしまったのでした。
誰にも話せない気持ちが増えた
一線を超える前、私には「セックスレスで悩んでいる」という人に言えない秘密が1つだけありました。
でも今は、その秘密のうえに、さらに大きな秘密が重なっています。
夫にも、友人にも、誰にも話せない。
一線を超える前は「いつか誰かに相談できるかも」と思っていたのに、今はもう誰にも打ち明けられない領域に入ってしまった感覚がありました。
孤独の質が、まったく違うものになってしまったんです。
友人が何気なく夫婦の話をしているとき、笑顔で相槌を打ちながら、心の中では「私には話せない」という思いが渦巻いていました。
セックスレスで悩んでいたときも孤独でしたが、一線を超えた後の孤独はもっと深くて、暗い場所にありました。
誰にも話せないということは、誰にも分かってもらえないということ。
その事実が、時間が経つほどに重くのしかかってきたのでした。
一線を超えたからこそ初めて分かった自分の本音

一線を超えたことで、皮肉なことに自分が本当に求めていたものが見えてきました。
それは行為そのものでも、承認欲求でもなかった。もっと根本的な、夫婦としての繋がりだったんです。
遠回りをして、傷ついて、ようやく辿り着いた答えでした。
満たされたいのは「身体」ではなかった
一線を超えた後、ふと気づいたことがあります。
身体的には確かに満たされたはずなのに、心の奥にあった空洞は埋まっていなかったんです。
求められる経験をして「女性として見られた」という実感は得られました。
でも、それで満たされたのは表面だけで、深いところにある「夫に求められたい」という気持ちは、何一つ変わっていませんでした。
むしろ、他の誰かに求められたことで、自分が本当に欲しかったものがはっきりしてしまったように思います。
私が欲しかったのは「誰かに」ではなく「夫に」必要とされることだったんです。
セックスレスを解消したかったんじゃない。夫とのセックスレスを、夫と一緒に乗り越えたかった。
同じように「配偶者が一番だった」と気づいた体験談は、以下の記事で紹介しています。
この本音に気づいたとき、自分がしてきたことの意味が分からなくなりました。
欲しいものは手に入らないのに、失うものだけが増えていく。
そんな矛盾を抱えたまま、日常に戻るしかありませんでした。
この経験が無駄だとは思えない
それでも、この経験が完全に無駄だったとは思えないんです。
後悔はある。でも、あの選択をしなければ見えなかった自分の本音もありました。
一線を超えたからこそ、夫との関係が自分にとってどれだけ大切なのかが分かった。
他の誰かでは代わりにならないことも、身をもって知りました。
遠回りで、傷だらけになったけれど、それでも気づけたことには意味があったと思いたいんです。
ただ、これは「解決策」ではありませんでした。
改善もしていないし、セックスレスは今も続いている。
でも、自分の気持ちに嘘をつかずに向き合えるようになったことは、確かな変化でした。
この経験を肯定することも、否定することもできません。ただ、ここを通ったからこそ見えた景色があった。
それだけは、事実として受け止めています。
この選択が「正解だった」とも「間違いだった」ともいえない理由

時間が経った今でも、あの選択を「正解だった」とは言えません。でも、「間違いだった」と断言することもできないんです。
後悔と納得が同じ場所に存在していて、どちらかを選ぶことができない。
この矛盾した感情こそが、今の私の正直な気持ちです。
後悔と納得が同時に残っている
一線を超えたことを後悔しているか?と聞かれたら「している」と答えます。
夫を裏切ったことも、嘘をつき続けていることも、全部後悔しています。
あの選択がなければ、今抱えている罪悪感も孤独も生まれなかった。
でも同時に、どこかで納得している自分もいるんです。
あの経験がなければ、自分の本音に気づけなかったし、夫との関係の大切さも、自分が本当に求めていたものも、分からないままだったかもしれない。
後悔と納得は、本来両立しないはずです。
でも私の中では、この2つが静かに共存しています。
「あれは間違いだった」と思う瞬間と「でもあれがあったから今がある」と思う瞬間が、交互に訪れる。
この矛盾を抱えたまま生きていくしかない。
それが、一線を超えた人間が背負う現実なのかもしれません。
もう一度同じ選択をするかと聞かれたら…
「もし時間を戻せるなら、同じ選択をしますか?」
この質問に、私は答えられません。
「しない」と言いたい気持ちはあります。
あの道を選ばなければ、今抱えている重荷も、誰にも言えない秘密も生まれなかった。
夫に対する罪悪感に苛まれることもなかったはずです。
でも、「する」とも言えないんです。
あの選択をしなかった自分が、今よりも幸せだったとは限らない。
セックスレスの苦しみに押し潰されて、もっと壊れていたかもしれない。
自分の本音に気づかないまま、ただ時間だけが過ぎていったかもしれない。
結局、答えは出せません。
「どちらが正しかったか」を判断できるほど、人生は単純じゃなかった。
ただ、もし同じ悩みを抱えている人がいるなら伝えたいことがあります。
一線を超えても、すべてが解決するわけじゃない。新しい苦しみが生まれるだけです。
でも、その苦しみを引き受ける覚悟があるなら、それはあなたの選択です。
誰も正解を教えてくれないし、責任を取ってもくれない。
ただ、選んだ道の先に何があるのか?それだけは、知っておいてほしいと思います。
もし同じ悩みを抱えている人がいるなら

私の経験を読んで、何を感じましたか?
共感する部分もあれば、違和感を覚える部分もあったかもしれません。どちらも正しい反応です。
ここからは、私があの時知っていたら良かったと思うことを、静かにお伝えします。
一線を超えなくても選択肢はある
あの頃の私は、「このまま我慢する」か「一線を超える」か、選択肢が2つしかないと思い込んでいました。でも、本当はもっと道があったはずです。
夫と本音でぶつかってみる。カウンセリングを受ける。一時的に距離を置いてみる。誰かに話を聞いてもらう。自分の気持ちを整理する時間を持つ。
選択肢は、探せばいくつもありました。
ただ、私にはそれらを選ぶ余裕がなかった。
追い詰められて、一番手っ取り早く見えた道を選んでしまった。
今振り返れば、「急がなくてもよかったんだ」と思います。
一線を超えることが、唯一の解決策ではありません。それどころか、解決にすらならないことも多い。
もしあなたが今、同じ場所に立っているなら、少しだけ立ち止まってみてください。
本当にその道しかないのか、もう一度だけ考えてみてほしいんです。
どの道を選んでもあなたの価値は変わらない
セックスレスで悩んでいると、自分の価値がどんどん下がっていく気がします。
求められないと、存在意義まで失ったような気持ちになる。私もそうでした。
でも、今だから言えることがあります。
夫に求められようが、求められまいが、あなたの価値は何も変わりません。
一線を超えても、超えなくても、我慢しても、離婚を選んでも、あなたという人間の価値は、誰かの欲求や選択で決まるものじゃないんです。
私は一線を超えました。あなたは違う道を選ぶかもしれない。
どちらが正しいかは、誰にも分かりません。
ただ、どの道を選んだとしても、自分を責め続ける必要はないということだけは伝えたいです。
あなたが悩んでいること、苦しんでいることは、決して恥ずかしいことじゃない。
誰かに価値を決められる存在でもない。ただ、人生の中で難しい選択を迫られているだけです。
どの道を選ぶにしても、あなた自身を大切にしてください。それだけが、私から伝えられることです。
関係を見つめ直したい人へ

私はこの選択をしましたが、関係を改善するという道を選ぶ人もいます。
一線を超えることだけが答えではありません。
夫婦として向き合い、セックスレスを二人で乗り越えようとする道もあります。
時間はかかるかもしれないけれど、その先には私が得られなかった「一緒に問題を解決した」という実感が待っているかもしれません。
もしあなたが「まだ夫と向き合いたい」「関係を修復したい」と少しでも思っているなら、その気持ちを大切にしてください。
セックスレスを改善するための具体的な方法や、夫婦で取り組めるステップについては、こちらの記事でまとめています。
どの道を選ぶかは、あなた次第です。ただ、選択肢があることだけは知っておいてほしい。
そして、どの道を選んだとしても、あなたを責める権利は誰にもありません。
あなたの人生は、あなたのものです。

